みしおさんのおまじない

〜Incantatio Misionis〜

 びたーん。
 古典的な音を立てて真琴は転んだ。
「あ゙ゔ〜〜〜」
 音に驚いた美汐が振り返ってみれば、五体投地の見本像、ともいえそうな真琴がアスファルトの上に横たわっていた。
「大丈夫!?」
 美汐は咄嗟にしゃがんでめくれ上がったスカートを直してやり、真琴を抱き起こし頭から順に点検していった。
 額、膝は言うに及ばず、鼻の頭も地面を叩いた掌も等しく赤くなっていた。赤くなっている範囲が広いその割には、擦り剥いた箇所は額だけだった。余程綺麗に転んだらしい。
「みしお……いたい……」
 真琴の瞳に涙がじんわり。ぁぅー。
「ほら、泣かないの。真琴は強い子でしょう?」
 涙をこらえる様子の真琴に言い聞かせてみたり。美汐、すっかり真琴を子供扱い。
 がんばってみるけど目の潤みが止まらない真琴、力を入れて目をぎゅっと閉じた拍子に涙がひとしずく、あふれて落ちた。
「うぅ〜〜」
 一滴が落ちたら後は簡単。次から次へと涙が落ちて、それを止めたいのに止められない自分が悲しくて、また新しい涙がぽろり。膝も痛いし。
 そんな様子を見た美汐、ひとつ息をついて。
「真琴、怪我を治すおまじないをするから目を閉じてね」
「ん? なにするのみしお?」
 涙声での問い返しに「怪我の痛さが無くなるおまじないよ」と言い聞かせて、真琴が目を閉じるまで頭を撫で続けた。
 そして真琴が目を閉じたのを確かめて、そのまま顔を真琴の顔に寄せて行く。
「えっ!? 何?」
 急に近付いた気配や感じた吐息の暖かさに戸惑う真琴に構わず、美汐は真琴の額の傷に舌を這わせた。
 痛くて痺れていた額に暖かくて柔らかいものが這いずってゆくくすぐったさを伴う感触。その感覚に真琴の背筋に電流が走った。ふるふると背筋から始まった震えが袖口をきゅっと握っている手まで伝い、真琴の感じたモノの余韻を美汐に伝えた。
 そっと舌と顔を真琴から離すと、美汐は右手の人差し指を傷口に当て
「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛〜んでけっ!」
呪文を唱えて空中に痛みの飛んでゆく軌跡を描いた。
「さ、もう目を開けていいわよ」
 おまじないを施された真琴、何故か頬が赤くなっていたりして、元々潤んでいた眼と併せて、とてもアレな表情だった。
「もしかして、嫌だった?」
 内心のドキドキを隠してたずねた美汐。対して真琴はぶんぶんと首を振って答えた。
「ううん! 祐一がやってくれるくらい気持ちよかった!」



(怒。)


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