デジタル移動体通信は鬼切の技と何故に共存することになったか

〜Bellum ejus〜



 千羽烏月は鬼切部の千羽党の鬼切役だ。
 鬼切役というからには鬼を切る。
 鬼を切るには色々と覚えなければならないことがある。
 それこそ、普通の子供が友達と遊んでいるような時にもお勉強と修行の毎日だった。

 だから彼女は色々な事を知っている。
 例えば、お米には八十八柱の神様がおわすという誰でも知っているような事から、妙見の技を使うと瞳に光が宿るので前方が青く照らされて夜道に便利だという誰も知らないような事まで。

 しかしながら、そんな彼女は普通の女子高生が知っているような色々な事を知らない。
 例えば、芸能人の名前も知らないし、アロマテラピーと香道の違いが解らない。コスメと言われて日本神話の登場人物だと勘違いしたことだってある。携帯電話の使い方だってよくわからない。
 なぜならそんなの修行しなかったから。

 だがしかし。
 そのままで良いのかと言われると勿論よろしくないに決まっている。
 数日前に買ったばかりの携帯電話をぐわしと握り締めて、そんな事を思う烏月17歳。
 その携帯が、デフォルトで入っている曲(はげ山の一夜)を鳴らしたのはつい数分前。
 電話の着信音とメールの着信音が同じであったため、一目で見抜けず、というかメール着信というものが良くわかっておらず、烏月の電話番号を知っているのが桂だけとあって
「もしもし、桂さんかい?」
といそいそと素直に応対して1分少々応答がないのに戸惑ったという一夏の経験をしていた。
 何だかんだといじってみて、ようやく着信がメールであることに気付き、その内容をディスプレイに表示させることに成功するまでに分単位の時間が必要だったが、それはさておけ。
 果たしてそれは桂からのメールだった。

『烏月さん、元気?
 わたしね、サクヤさんから教えてもらって新しいお料理覚えたんだ。
 だから暇なときに遊びに来てほしいなって。
 烏月さんに食べてもらいたいんだ。
 どうかな?
 迷惑じゃなかったらお返事くださいね』

 烏月の希望は決まっている。
 鬼切役とはいえ、たまにだが休日もある。その日に合わせて是非ともご馳走になりに行きたい。
 しかし、問題があった。
(どうやったら返事を出せる……?)
 千羽烏月、鬼は切れるがメールは出せなかった。
 文面を見るに、迷惑でなければ返事を寄越せとある。
 返事を出さねば烏月が迷惑だと思っていると桂に思われる、かも知れない。
(どうすれば……)
 街中で悶々と悩む形相も悲壮な北斗学院付属高等学校の女生徒ひとり。
 彼女が『素直に電話をかける』という解決法を編み出すまでに、時計の短針がひと回りしなければならなかった。

 この出来事は、千羽烏月史の中でも、あまり思い出したくない出来事ベスト10の候補にノミネートされるほどの屈辱感をもたらした。
 しかしと烏月は思い直す。
 今日は力及ばず破れたが、明日は勝てば良いのだ。
 千羽烏月、伊達に武門の家に育っていない。
 その時から、烏月の携帯修行が始まった。寝る間も惜しみ、それこそ鬼切の役目の合間の、いや鬼切の役目の時までも携帯電話の扱いに習熟せんと炎のような猛練習を行った。

 その甲斐あって──。

「鬼切部千羽党が鬼切役、千羽烏月が千羽妙見流にてお相手致す!」
 今日も烏月は鬼切の役目で一人いくさばに。佩刀をすらりと抜き放って、正眼に構え鬼と対峙する。
 鬼は姿勢を低くし、指爪を鉤のように丸め、一気に烏月に向かって突進した。
「させるか!」
 直線的な動きは避けるに労は要らなかった。サイドステップで鬼をいなし維斗の太刀を無防備な首筋に叩き入れ

 ちゃーらーらーららーらーらー♪

ようとしたところで、制服の懐から鳴り出す Wheel of Fortune の音色。
 それを聞いた烏月さん、何の躊躇も衒いも見せず、右手を維斗から素早く放して夜の闇に溶けてゆきそうな黒い端末を懐より取り出し
「もしもし、桂さんかい? ああ、私だよ」
話を始めた。
 唖然としたのは相手の鬼だった。太刀が首を断たなかったのを幸い、飛び退いて再び対峙の構えを取ったのだが。
 弓手に持った太刀は鬼に突きつけたまま、烏月は仄かな微笑みすらたたえて携帯に話し掛けているではないか。
 鬼、まるで「ハンデだ。左腕だけで戦ってやる」とでも言われた気分。
「ま……真面目にやれーっ!!」

 鬼に職務態度を注意される鬼切役。

 結局のところ、電話を切ることなく鬼を討ち、烏月は役目を果たした。
 人、このような様子を評して「片手間に」と謂ふ。
 どっとはらい。

(おわれ)

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