今日は忘年会である。めでたく新成人になったメンバーも加え、いつもの9人は飲み屋へと来ていた。
「次は何を頼もっかな……♪」
 飲むものが無くなって、ほろ酔いの良い気分のままメニューを眺める栞。苦味や辛味に弱いこともあり、アルコールが弱めの甘い味のジュースのような飲み物をこれまで好んで飲んでいた。メニューには目移りしてしまう程にそれらの飲み物が揃っている。栞が指先をうろうろとメニューの上で彷徨わせていると、既に酒が入ってメロメロになった祐一が横から顔を突き入れた。
「さっきのあれ頼めば? ……さっきの……きょ……巨乳! 巨乳ミルク」
「えぅっ」
 想い人の突然の酷な言葉に息が止まる栞。見ればテーブルの向かいに座っているあゆも涙目で祐一を見上げていた。
 突然に静かになった周囲に気付かないままに、祐一は「あれ結構美味しかったよなー」とメニューを指差した。指した先には「巨峰ミルク」の文字が躍る。
「あははー」
 いきなり、佐祐理が唇の右端を吊り上げて笑った。
「舞ー」
 そして右腕を高々と差し上げて
「祐一さんがお呼びだよーっ!」
指をパチンと鳴らした。
「はちみつくまさん」
 佐祐理の背後にぬっと立ち上がる舞。だぶだぶとした大き目のジャンパースカートのストラップを黙々と肩から落として、胸を掻き抱いた。白いセーターの胸を押し上げる欲張りな膨らみが強調され、祐一に迫る。
「今ならミルクだけではなく、カルピスだっておっけーですよー」
「カルピス……がんばる」
「だ、駄目だよっ!」
 祐一情勢の急展開に驚いた名雪は叫んで立ち上がり、自分を割り込ませるようにして祐一を舞から離した。
「祐一さんのご注文ですから、名雪さんには関係ありません」
「そのとおり。祐一は私達をテイクアウト」
 佐祐理と舞が反論し、良く解らない勢いに押されて形勢不利な名雪。
 思い余った名雪は
「ゆ、祐一っ! お酒は休んで、甘いデザートにイチゴショートはどうかな?」
そう言ってスカートをぺろんとめくった。
「名雪! それはイチゴだけどショートじゃないわよっ!!」
 むしろ複数形で語るべきもの。
 それまで涙目でむーむー唸っていた栞も何かを決意した表情で参戦する。
「祐一さんっ!! お菓子も良いですよ、ほら、ホワイトロリータですっ」
「栞までっ!?」
 名雪と同じように自らスカートをめくる。純白が眩しかった。
「先を越されたよっ!」
 何かを悔しがるあゆが地団太を踏んでいた。
 そんな光景を眺めながら、真琴がおろおろと美汐に縋り付いた。
「美汐ーっ! 真琴どうしよう?」
 アルコールを含有した飲料を一滴たりとも口にしていなかった美汐は突然に変わってしまった場の空気にいい加減くらくらと来ていたが、真琴の一言を聞いて精神の何処かが救われたような表情になった。真琴を抱き寄せて
「あなたがまともで嬉しいですよ」
柔らかい笑みを浮かべて頭を撫でた。
「真琴も何かしないと……あぅー! 負けちゃうよ美汐ー」
「Et tu, Macoto....」
 しかしながら美汐の期待した程度には真琴はまともでなかった模様。

「みなさん、お元気ですね」
 はらはらと落涙する美汐の横から秋子がにこやかに声をかけた。
「これは、元気というより狂気に近いです」
「たまには、羽目を外して騒ぐ事も良いものですよ」
 これが『良いもの』と思えるのかどうかはその人の度量によるものなのだろうか、美汐は周囲の状況と秋子を眺めてそんな事を考えた。
 しかしふと思う。善し悪しは別にして、これは楽しい。
 今年も楽しかった。来年もきっと楽しいだろう。そう考えるとこの狂気の沙汰も、その一点で許容できてしまいそうだ。せっかくのイベントでもあることだし、今日だけ、この場だけでも真琴と一緒になって騒ごうかとも思う。
「5番、沢渡真琴! 祐一にはもったいないけど、な、生乳酎をやるわよ!!」
 叫ぶような真琴の言葉に視線を向けると、祐一に覆い被さって「めるてぃ・きすだよっ」とか何とか言っていたあゆを押しのけて、真琴が瓶を片手にシャツやらなにやらをたくし上げていた。後姿からでは良く解らなかったが。
 周囲で悲鳴や歓声を上げている客が居る。何が見えたのかは良く解らなかったが。
 結局店を追い出されてしまった。理由は良く解らなかったが。
 結局のところ、貞淑で慎み深い天野美汐嬢は真琴と一緒になって騒ぐことだけは無かった事を付け加えて忘年会についての記述を終える。