「ごめんね、ちょっとお母さんを手伝うから、ビデオ先に観ててよ」
 そう言って、名雪は台所のほうへ引っ込んでいった。
「先に観ててよ、ってもねえ……」
 リヴィングのソファーにすとんと腰を落として、右手に持った袋に目をやった。
 それは名雪と一緒に観る約束で借りてきた映画のビデオ。それなのに名雪を放って一人で観始めるというのも何ともやり辛い。名雪の用事は長くかかっても10分程度だろうと思えることが、やり辛さに拍車をかける。
 やっぱり名雪を待つことに決め、どうやって時間を潰すか考えながらビデオデッキに目をやると、ロードされたテープが既にある事を示す印がフロントパネルに点っていた。
(何が録画されているのかしら──?)
 それは単純な好奇心だった。ガラステーブルの上に置かれたテレビ兼用のビデオリモコンを手にとり、ボタンパネルに目を走らせて必要な操作を行うと、テレビの電源が入り、ビデオデッキから小さなモーター音が聞こえてきた。
 そして画面に映ったものは、まったく香里の予想の埒外の代物だった。

『へへ。動けないよねー、祐一』
『お、お、お前一体何のつもりだ!?』
『暴れると秋子さんが起きちゃうわよ?』

 暗闇の中にぼうっとおぼろげに映る同級生の姿。彼は画面に映っていない女の子の声と会話していた。両手足をベッドに縛り付けられた姿で。

『みなさーん。これが相沢祐一くんです』
 悪戯っぽい声がして、カメラのフレームが祐一のつま先から、ナメクジが舐めるようにゆっくりと顔まで移動していった。
 カメラを睨み付ける祐一の顔が大写しになる。
 香里は訳が判らない。一体これはどういうシチュエーションなんだろうか。それにしても相沢くんの顔ってアップで見ると案外凛々しそうに見えるのね──思わず握り締めた拳の内側に汗が出た。

『真琴、いい子だからこの紐を解け。解かないと明日ひどいぞ』
『やーだ。昨日のお返しなんだから』
 真琴の言葉に祐一の勢いが少しだけ挫けたように香里には見えた。
 何をやったんだろうかと想像が膨らむ。縛り付けられるような事をやらかしたのだから、きっと酷いことに違いない。“酷いこと”がいくつか頭に浮かんでは消えてゆく。どれもこれも概ね18禁。
『相沢さん。私だけのけ者なんて酷いです』
 少し画面から意識が逸れていたらしい。聞き覚えの無い女の子の声に画面に注目を戻すと、カメラのフレームがひょいと横を向いた。そこには廊下からの逆光に照らされた女の子のシルエットが。
『天野までっ!? いつからっ!? ってか知って……』
『全部真琴から聞きましたよ』
『へへー。昨日祐一がしたことをそのままやってあげる』
 ビデオは、狼狽する祐一のズボンに脇から伸びた3つの手がかけられるところを、非情に映し続けた。

「香里ー。今どこまで進んでる?」
「い、今ね、相沢くんが恥辱に涙を流しながらも快楽に流されちゃって嬌声を上げ始めたところ」
「は?」




(投げっぱなしEND)