薄暗い教室だった。
 教室前後の扉から漏れ見える夕焼けは、日の長い7月だというのに早々と暗さを増しつつある。
 誰も居ない静寂に、深く緋色に染まった机の列が物悲しさを引き立てていた。佐祐理は赤い机列の中を歩いていた。
 不意に思うことがあって佐祐理は周りを見回した。しんとした空間の中、自分だけが異質で教室中のあらゆる物から疎外されているような、一種の切ないようなもどかしさを感じた。ゆっくりとした歩みを始める。足音。それがやけに大きく聞こえる気がして、佐祐理は表情を僅かながらに顰めた。その変化はかすかで、普段から彼女が浮かべている微笑を曇らせるほどではなかったので、彼女の変化に気付くのは大の親友である相沢祐一ですらも難しいかもしれない。
(この部屋でもなかったね)
 求める姿がその教室にない事を確認した佐祐理は、残念そうに少しだけ頬の表情筋を緩めた。寂しい、そう言うのだろうか、この感情を。佐祐理は独り部外者の寂寥せきりょうを抱えながら、開きっぱなしの扉を潜って西日に暗い赤へと染め上げられた廊下へと踏み出でた。
 一瞬、赤陽が翳った。
 何事かと西日の射しこむ窓を眩しげに見た佐祐理の視界に、1羽の白鳩の飛ぶ様が入った。翼を動かさず滑空して円を空に描いていた白鳩は、南校舎の屋上に休んでいる何羽かの群れの一員らしく、彼も南校舎の屋上へと緩やかに向かって行く。尾羽根を引き起こして身体を立てせわしなく羽ばたいて減速しながら、白い姿は屋上の縁へと降り立って行った。
 そんな様子を微笑みながら眺めていた佐祐理は、迎えてくれる群れがある白鳩を少し羨ましく思ってため息を吐いた。
「はぇ……いけないね、これじゃ」
 意外と大きな音で廊下に響いたため息の音で弱気になっている思考に気付いた佐祐理は、自分の額を軽く拳で叩いて自らを励まし舌を出した。
 そうすると、自分がすべきことが徐々に見えてくる。舞。佐祐理が求めて已まない少女。彼女を探さなければならない。
 探して、見つけて。その後は……。その後は。
 とにかく探して見付けるのが先決だと自分に言い聞かせて、佐祐理は次の教室へ入った。
 両手に拳銃を持ったまま。





少女達の黄昏に

〜Vespro puellarum〜




 時間を少しだけ溯る。
 いつもの屋上へと上がる踊り場で、舞佐祐理コンビに祐一を加えた3人が揃っていた。
「これが」
 重々しい動作で佐祐理は手に持ったスーツケースを3人の中間に置き
「今回使う道具ですよーっ」
細く白い指でダイヤル式の鍵を操ってケースの蓋を開いた。
 中から現れたのは、かなり新しい型の短機関銃と機関拳銃、そして伝統的なアメリカ式自動拳銃が2丁。
「祐一君と舞の希望どおりの物を揃えてきました。どちらも金属部品を極力減らした軽量型の物で、長時間の行動に向いていると思うから、どうぞ遠慮なく使ってくださいね。交換用の弾倉はこれ。弾倉に弾を篭める方法は覚えてるよね?」
 祐一と舞は頷いて、それぞれの武器を手に取った。祐一は短機関銃を、舞は機関拳銃を。
 舞はぎこちない動作ながらも撃鉄を引き起こして、いつでも発射できるようにしていた。
 祐一の様子はと見ると、手馴れた様子で弾倉を外してリリースボルトを引いているところだった。軽く引き金を2,3度引くと、モーター音とハンマーが打ち下ろされる断続音が聞こえる。それに祐一は軽く満足を覚えたようで、ひとつ頷くと弾倉を着けてボルトを金属音を立てて引いた。
 佐祐理自身も自動拳銃を1つ掴んで、安全装置を解除し、軽やかな動作で遊底を引いた。撃鉄が立ち上がってロックされる小さな衝撃が確かに右手の内から伝わってきて、佐祐理は微笑した。もう片方の銃も同様にして弾を銃身に送り込む。
「祐一君も、舞も、自分の道具は取ったねーっ?」
「ああ。そろそろ始めるか」
「はちみつくまさん」
 佐祐理の問いに、短機関銃のストラップを肩掛けにした祐一と、グリップの握り具合を確かめていた舞が答えた瞬間だった。
 プラスチックと金属のぶつかる乾いた軽い音が踊り場に響いた。
 祐一は2つの真円を見た。
 ひとつの円は佐祐理が祐一に向けた自動拳銃の銃口、そしてもうひとつの円は舞が祐一に向けた機関拳銃の銃口だった。
「え?」
 祐一は自分の身に何が起こっているのか理解できずに、間の抜けた声を上げて立ち尽くし――
「撃つのか?」
――言わずもがなの事を口にして、重要な2秒を失った。
「あははーっ! もう始まっちゃってるんですよ。祐一君が言ったんじゃないですか」
 まず最初の着弾は、右の頬に。佐祐理の弾だった。次に佐祐理とほぼ同時に引き金を引いた舞の弾が祐一の喉に左側から命中。佐祐理の方が口火を切ったタイミングは早かったが、自動拳銃の13発を全て撃ち込むよりも先に、フルオートで発射された舞の機関拳銃の全弾が祐一に叩き込まれた。その数30発。
 喉から額にかけて、それぞれの1弾倉分の弾を受けた祐一は、背中を壁に預けて上体を後ろに仰け反らせたまま、ゆっくりと崩れ落ちた。
 祐一が完全に無力化されたと判断した佐祐理は、目を向けるとか身体を向き返る等の余計な動作も見せず、ただ左手の自動拳銃だけを洗練された動きで舞に向けた。
 タタンという高い音が2回鳴った。
「はぇ?」
 佐祐理は引き金を引き絞っていなかった。音が鳴った時は、まだ。
 不意に佐祐理は不審と焦燥を感じて舞の居た場所に目を走らせた。同時に、舞からの攻撃を恐れて自分の身体を思い切り後方に蹴り出している。
 さっきまで居た筈の場所に、舞は居なかった。そして階段を駆け下りる足音。その足音の遠ざかり方に較べて、音の聞こえる間隔は呆れるほどに長かった。おそらくは1段2段どころか10段ほど飛ばしながらの駆け下り方なのだろう。
 もう追いつけない。
 そう判断すると、佐祐理の諦めは早かった。
「……逃げられちゃったね」
 佐祐理は随分と長く溜めていた息を解放して、右手に握った、弾が尽き遊底が下がったままの自動拳銃を、そっと見詰めた。
 そして倒れたままの祐一に目を落とす。
「ごめんね祐一君。私達はどうしてもこうしなきゃいけなかったの」
 右手の拳銃を倒れた祐一の胸の上にそっと置きながら佐祐理は詫びたが、祐一は仰向けに倒れたまま応えなかった。

 こうして舞と佐祐理の追いかけっこは始まった訳だが。佐祐理は舞の姿を暫くの間見つけ出せずにいた。
 手がかりといえば舞が逃げ去る時の足音くらいのもので、それも途中から聞こえなかっただけに舞の居場所は特定出来ない。
 しかし佐祐理は確信があった。佐祐理が舞を追わなければならないのと同様に、舞も佐祐理を狩り出さなければならない。舞は絶対に校舎内に居る筈なのだ。
 先刻こそ舞は佐祐理の前から逃げ出したが、態勢を整えたらきっと反撃の為に佐祐理を捜し求める。そういう意味で佐祐理は狩人でもあり、同時に獲物でもあった。
 佐祐理が再び舞の姿を捉えたのは、佐祐理が2階の教室を虱潰しに探していたときだ。
 こつん。
 何かが当たる硬質の物音を感じた佐祐理は身体ごと振り向いた。
 音源は教卓から上半身を現した舞。その右手に機関拳銃を構え、既に佐祐理に狙いを付けている。習慣とも言える反射で、佐祐理も両手に持った自動拳銃を瞬きの間に舞に向けた。
「佐祐理……」
 舞はいつもの無表情を悲しそうに曇らせて佐祐理を呼んだ。
「降参して。まだ間に合うから」
 一方の佐祐理は、いつもの微笑みを崩さないまま、応えた。
「あははーっ! 今さらだよ、まーいっ」
「私は……佐祐理を撃ちたくない」
「私は、舞を撃てるよ。舞はどうするの? 大人しく降参して祐一君を私に譲るのかなー?」
 佐祐理の言葉を聞いて、舞の雰囲気が微かに変化した。先より小さく、弱々しく。
「佐祐理は……佐祐理は、私を撃てるの?」
 質問はまるで、怒っている母親の表情を窺う幼児のようだった。
「うん。私にはどうしてもやりたい事があるからねーっ! それにね、私は舞が私を撃てるのも知っているんだよ」
 佐祐理の表情は慈母のような微笑だったが、その笑みは慈しみの感情で浮かんでいる笑みでは決してなかった。『笑う告死天使』の異名は、伊達に付けられたわけではない。
「舞が私を撃てなくても、別に無理しなくて良いんだよ。祐一君は私が貰うからね」
 一瞬で空気が変わった。舞の殺気に反応して刺されるような棘だらけの空気に。
「佐祐理ッ!!」
 瞬時の判断で佐祐理は左ひざの力を一瞬だけ抜いた。舞が放った弾は左に傾いだ身体を掠めて後ろへと飛び去って行く。
「舞ーっ!」
 佐祐理も叫びながら左に傾いた身体で床を一気に蹴って、横っ飛びざまに両手に構えた2丁の拳銃の引き金を立て続けに引いた。聴き慣れた音と共に銃に篭められた必殺の弾丸が数条の軌跡を描いて教卓に向かって飛んだ。
 まるで時間が圧縮されたような感覚。舞の拳銃から飛んでくる物が描く軌跡が眼に見える。自分が撃った弾が次の瞬間に何処を貫くのか手に取るように判る。
 倒れこんだ身体が机に隠れるのを待って、佐祐理は残弾が少なくなった拳銃を捨てた。体勢を立て直して中腰の姿勢で小走りしながら、制服のケープの裏地を両手で探った。次の瞬間、佐祐理の両手には再び同じ自動拳銃が握られていた。
 教卓からの射撃が一旦終息したのを見計らって身体を立ち上げ、空になったマガジンを捨てて新しいものに交換していた舞に向けて再び引き金を引いた。
 佐祐理の射弾を避ける事を優先して、舞の構えが一瞬遅れた。回避で身体のバランスを僅かに崩しながらも舞は何とか佐祐理に向かって銃を撃った。一瞬の遅れが決定的となり、崩れた体勢と牽制になる佐祐理の射撃も相まって、舞の射撃は首を少し傾げるだけで避ける事が出来た。
 体勢の崩れた舞を一気に追い込むべく、佐祐理は舞に向かって弾を送り込んだ。
 舞は教卓の向こうに転ぶようにしてそれを回避した。
(そう。舞はそうするしかない)
 佐祐理は内心でほくそ笑んだ。
 体勢の崩れていた舞は機敏な動きが出来ず、体勢を更に自ら崩して弾の下に身をかわすしかない。言わば転んでいる途中の状態に陥らなければならない。そしてそんな姿勢になってしまえば初弾は回避できても次弾は回避できない。
(チェックメイトだよ、舞!)
 佐祐理は勝利の確信と共に両手の人差し指を引いた。
 銃口から飛び出した弾が一直線に舞に向かっていったのが、やけに緩やかに見えた。どちらも舞に命中するコース。佐祐理の勝ちだった。
(?)
 しかし舞は佐祐理の顔を見据えたままだった。その表情に絶望や諦観は無い。
 見ると、機関拳銃を握っていた筈の舞の右腕が教卓に掛かっていた。そして舞は腰の回転を利用して、教卓を

「ふぇ?」

上に投げた。
 足を浮かせた教卓は、舞の回転の力を受け取って30センチほどその場で浮き上がり、天板を佐祐理の方に向けてゆっくりと回転した。
 佐祐理の銃弾は教卓の天板に弾けただけで終わった。
 傾いたままの教卓が再び床に落下するけたたましい衝撃で佐祐理が驚いて眼を瞑っている間に、舞の姿は教室から消えていた。
「舞ぃーっ!?」
 慌てて追い駆け出した佐祐理だが、初動の時間差は決定的だ。曲がり角を曲がるたびに見えなくなる舞の後姿を、見失わないように追い駆けるのが精一杯だった。

(おかしい)
 そう佐祐理が感じたのは、追いかけっこが始まってから20分が過ぎた辺りからだ。
 舞は確かに佐祐理から逃げている。しかしその逃げ方がいかにも怪しかった。
 一気に長躯して姿を晦ますのではなく、常に佐祐理の視界のどこかに居るように計っているかのようにゆっくりとした悠長さがある。踊り場から逃げ出した時の素早さを思えば、スタミナ切れかも知れないが、逃げ方に鮮やかさが欠けていた。
 そのお蔭で佐祐理も舞を見逃さずに居られるのだけれど。おかしいと思うのには変わらなかった。
 舞は逃げる。
 教室の中に入ったかと思うと入り口近くの机をいくつも蹴り倒して即席のバリケードにし、追って来た佐祐理が難渋しているのを見届けたら、教室を出て行く。佐祐理はそれに気付いてバリケードの突破を止めて再び入り口から廊下に出る。これではバリケードの意味が無い。
 また階段で踊り場に差し掛かった佐祐理に向かって、バースト射撃を行う。一旦佐祐理が影に姿を隠したら、足音も高く走り出す。
 そのようにして、舞と佐祐理の間にある程度の距離を常に維持したままの追跡劇が、10分足らずの時間だけ行われる事になった。
 佐祐理が舞を見失ったのは、ちょっとした曲がり角を舞が曲がって姿を見失った隙にだった。
 だが佐祐理には自信がある。舞はここに居る。
「まいーっ? 出てきてねー」
 なぜなら、その場所は学校で一番開けているのに視界を遮蔽する物が林立している場所、昇降口だからだ。出口は一本道の渡り廊下かグラウンドのみ。昇降口から逃げるなら、どの方向に逃げたにせよ佐祐理は舞を見付ける事が出来る。姿を見失ったままということは、つまり舞は昇降口のどこかに隠れているということだ。
「ここに居るのはわかってるんだよ?」
 大声で舞を呼ばわりながら、佐祐理は全く油断無く靴箱の間を探して歩いた。佐祐理の見るところ、舞はどちらかといえば攻撃型の人間だ。隠れっぱなしで嵐が過ぎ去るのを待つ型ではない。それよりは息を潜めて気配を殺して、獲物を死角から仕留める為に隠れる、そういう人間だった。
 先ほどまで逃げられる見込みの無い逃走を行っていたのは佐祐理にとっては不思議だったが、この場所に誘き寄せる為だというのならば納得が行く。
「さっき机を投げたときに右手で投げたよねーっ? もう銃は無いんじゃないかなーっ?」
 楽しげな声で親友を探しながら、背後を取られないように背中を靴箱にぴたりとつけたままゆっくりと歩き、5秒おきに前後の様子を確認した。
 しかし、靴箱の角での待ち伏せには、対処のしようがあまり無かった。
 佐祐理が直前で舞の気配に気付いたのは、全くの偶然によるものだった。開け放しの玄関扉から吹き込んだ風で、舞の長い髪がゆれ、その影が見えたからだ。
 銃を突きつけたのは、2人とも同時だったと佐祐理は思った。
 舞は佐祐理の額に、佐祐理は舞の右目に銃をポイントし、身動みじろぎひとつしなかった。
「あははーっ」
 硬直数秒。佐祐理は楽しげに笑い声を上げた。
「ついにここまでなっちゃったね、舞」
 舞は佐祐理の声に頷くだけで答えた。
「もうこうなっちゃったら、2人とも止めるか、2人とも引き金を引くかだよーっ!」
「はちみつくまさん」
「どうする、まーい?」
 舞は無言で引き金を引いた。佐祐理も舞同様に。
 それぞれの銃口から、2人の勝負の行方を決定付ける咆哮が響き
「……はぇ〜 冷たいよ、舞〜」
「家庭科室のミネラルウォーター」
お互いの顔を濡らした。
「やったなーっ! えい」
「負けない」
 勝負は終わった。撃ち合いは終わらなかったけれども。



 事の次第は概ね以下のようだった。
 元凶たる相沢祐一が水鉄砲によるサバイバルゲームを佐祐理と舞に提案、最初に倒れた者が最後まで生き残った者の言うことを1つだけ何でも聞くという条件をつけて提案が可決され、夏休みに突入したばかりの校内を使ったサバイバルゲームが行われた。卒業した筈の2人組みは、何故か夏服を着込んで登校する気満々。少々気圧されながらも祐一は一緒に人影の少ない校舎に入ったものだった。
 それぞれ思惑があった2人の女性陣は、3人で集まって「それじゃあ始めようか」と祐一が言った瞬間に祐一を射殺、あとは祐一に言う事を聞かせる権利を奪い合って戦い続けたというのが今回の顛末。

「お二人さん、お疲れ様」
 昇降口で2人がはしゃいでいると、濡れた制服を体操服に着替えた祐一がやってきた。
 そして2人の様子を見て
「凄いな」
とだけコメントした。
 二人の制服は所々が濡れてしまい、厚めの生地が薄っすらと透けて、下に着ている物の色や形を浮かび上がらせていた。特に白いブラウスは肩口の所など肌色が透けて見えている。
(……という事は、あの白いのは……佐祐理さんの下着?)
 祐一も年頃の男の子。そういうことを考えてしまうのは仕方の無いことで、それを見て喜んでしまうのもまた仕方の無いことだった。
「ふぇ……すっかり制服も濡れちゃったねー」
「びちょびちょ」
 少し困りましたーっというような調子で佐祐理が言うと、舞もこっくり頷いて同意。
「夏とはいえ、その格好じゃ風邪を引きますよ佐祐理さん」
 暑い夏とはいえ、涼しくなり始めの夕方。祐一は濡れた制服とそこから覗く白い形に名残を感じていたが、それで2人に風邪を引かせるわけには行かない。祐一も濡れた制服を教室に干して体操服に着替えているのだ。

「そうですね……それじゃ、舞、脱いで干しちゃおっか」

「え?」

 佐祐理の言葉は祐一を数瞬の間硬直させた。
 舞がこっくりと頷いたに至っては、嬉しいのか驚いたのか良く判らない悲鳴を揚げた程だった。その様子を見て佐祐理が悪戯っぽく笑ったのに気付かなかったのが、祐一の若さ。
「ちょ、ちょっと2人とも!? こんな所でそんな事止めてくださいよ」
 昇降口でブラウスのボタンを外し始めた2人を見て、慌てて祐一は押し留めようとしたが、そんな言葉など聞き入れず2人ともついに全てのボタンを外してしまった。
「じゃーんっ! 制服の下は水着なんですよーっ!!」
 ブラウスを剥ぎ取って白ビキニの水着になった時の佐祐理の声が、嬉しさ半分悲愴さ半分の祐一を激しく脱力させてしまったのは、勿論のことと言うべきだろうか。
 数分して気を取り直した(というかむしろ清楚な白ビキニ水着美少女と豪華ボディのスクール水着美少女に囲まれて気力充満していた)祐一の
「それで、どっちが勝ったんだ?」
という言葉に
「2人ともどっちもが勝ちですよ。舞と私は2人いつも一緒ですからーっ!」
「はちみつくまさん。何をしてもらうか今から楽しみ」
と2人そろって答えた。
「それは追々考えます。ところで……」
 佐祐理が悪戯っぽい微笑を顔いっぱいに浮かべながら、祐一に一歩近付いた。
 祐一は、最近佐祐理さんもこんな表情をするようになったな等と考えながら「はい?」と気の抜けた受け答えをしたものだから、次の佐祐理の言葉に度肝を抜かれてしまった。
「さっき舞と佐祐理が着替えるときに、祐一君必死になってましたよねーっ! 一体何を考えていたのかなーっ?」
 よもや「下着姿を期待していました」などと答えられる筈も無い。祐一がもごもごと口篭もっていると、佐祐理はさらに擦り寄ってきて、
「答えてくださいねー」
といいながら水着姿で縋り付いてくるものだから、祐一はたまらなかった。いろんな意味で。
「ほら、舞もやろうよー 祐一君も喜ぶよーっ!」
「……はちみつくまさん」
 勿論、色々な意味でのたまらないという事の内のひとつが、クラブ活動で登校していた美坂香里嬢が下校の為昇降口に来た時に水着と体操服で揉み合っていた3人の姿を目撃して漏らした
「……相沢君……」
という言葉に集約されているという事は疑いが無い。




 後日、2人から祐一に課せられたサバイバルゲームの勝者の権利であるところの注文は
『祐一さんも私達のアパートに引っ越して来て下さいねーっ』
というものだったらしい。しかも祐一の下宿先であるところの水瀬邸にまで押しかけてのご注文だったとか。
 美坂香里嬢を発端とするネットワーク経由で、彼女の視点から見た祐一の『ふしだらな遊び』が周知されていたため、水瀬家の娘にして祐一の従妹であるところの水瀬名雪嬢には勿論の事反対された。水瀬家の家主たる秋子は困ったような楽しそうな微妙な微笑みを浮かべていたけれども。
「こうなったら、祐一を賭けて勝負だよっ!」
「な、名雪!?」
「あははーっ! 望むところですよ名雪さん」
「さ、佐祐理さんまでっ!!」
 彼女達の黄昏は、まだ終わらない。



(ある意味BAD END)






蛇足  というかボツげきじょ

1. 祐一止めを刺される
「佐祐理、決着を着ける」
 声に振り向くと、舞が空になった弾倉を交換し終えて、祐一が手放した短機関銃から弾倉を取り外したところだった。佐祐理は頬に人差し指を当てて少しばかり思案して、
「そうだね、舞。それじゃあこれから別れて……そうだねーっ! これから5分後にもう一度始めようっ」
と提案した。舞は無言で頷き、同意を表した。
 その時、隙間風のようなか細い声が、佐祐理たちの耳に聞こえた。
「……俺と……は、扱い……違……」
 カシュッ。小さく空気の抜ける音。佐祐理が左手に持った自動拳銃を祐一に向けて撃った音だった。
「あははーっ! 祐一君まだ息があったんですかーっ!? ダメですよ。おとなしく死んでて下さいねーっ」
 両手に持った2丁の拳銃が祐一に向かって容赦無く牙を剥いた。普段とは全然違う佐祐理の様子に、舞は祐一への同情が掻き立てられてしまうのを禁じえなかった。




2. 舞、アメリカン・ニンジャ化
「まーいー。これで舞の武器は無くなっちゃったよーっ!」
 佐祐理は舞から奪った機関拳銃を右手に構えて舞に詰め寄る。
 対して舞は焦燥も見せずに
「ぽんぽこたぬきさん。まだこれがある」
と言い、背中から一振りの刀を抜き放って。刀身を切り上げて崩し八双に構えた。刃に半分だけ隠れた舞の眼光が、鋭く刺すようなものになったと佐祐理は感じて、一瞬怯んだ。
「はぇー……刀で銃に対抗するつもりなのー舞?」
 佐祐理は半分呆れたように声を上げたが、それは怯んだ自分を殊更隠すための方便だった。佐祐理の言葉に気を悪くする様子も無く、相変わらずの表現の乏しい表情で
「……試してみたら良い」
とただ、舞はそれだけを応えた。



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