「礼」
 SHR終了の合図とともに香里の凛とした号令がかかり、起立した教室中が石橋に向かって一礼する。何の事は無い、いつもの朝の儀式。
 祐一はそこに、嗅ぎ慣れない匂いを感じた。
「ん? ……みかんの匂い?」
「あ、それ多分あたし♪」
 空中に鼻を突き出した少しみっともない格好の祐一に、妙に朗らかな香里が反応。
 祐一に近付いて「今朝、ちょっと振りかけてきたのよ」と、秘密を明かすかのように告白。
「へぇ。オレンジのコロン?」
「そうよ。良く気付いたわね、相沢君にしては」
「どれどれ……」
「あ、あいざわくんっ!?」
 香里の柔らかな髪の毛を一房そっと持ち上げ、あらわになった首筋にそっと顔を寄せる祐一。驚く香里の声も軽やかに無視して、無遠慮に仄かに漂う匂いを嗅ぎ出した。
「んぅ」
 香里の首筋に悪戯な鼻息がかかって、香里はくすぐったさに思わず目を瞑ってしまう。
 首筋からうなじにかけて鳥肌が立った。
「うん、柑橘だ」
「ちょっと相沢君! いきなり何て事するのよ!」
「匂いを嗅いだだけだが……へえ。香里もこんなの付けたりするんだな」
 ようやく顔を離した祐一の非礼を香里は難詰するも、祐一は平然としたもの。
 どうやら女性に対する仕打ちとして無遠慮すぎるものであるとは自覚していないのか、それとも香里のことを女性として認識していないのか。台詞からすると後者の可能性が高い。
 まあ仕方ないか相沢君だし、と自分を納得させて、ため息。
「もぅ。あたしだってそういう気分の時くらいあるわよ」

 何だ彼だ言って良い雰囲気のふたりを、後ろから見つめる目が4つ。

「へぇ。あのふたりが堂々と首筋にちゅーとは……にゅふふ見たよ見たよー」
 暴想恋愛ハリケーンミキサー、ピーチガーデンわたる。
「私もあのようにしたら……相沢さんに……」
 神出鬼没物腰上品伝説、テンプター美汐。

 時間無制限4人制デスマッチ、ゴングを待たずして開始。
 相沢祐一と美坂香里の未来や何処に?




(柑橘の香り漂う美汐)